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笛の長さと筒音の音程との関係


 実験のデザイン

まず最初に、筒音の音程が笛の長さによってどのように変わってゆくかをチェックしてみることにしました。典型的な形はしていませんが、笛は開管の共鳴管ですので、音の高さ、つまり音の周波数は共鳴管の長さにだいたい反比例するはずです。ただ、高校の物理学で出てくるように、定常波の波の胴が開口部から少しはみ出すために、完全には反比例とはなりません。このはみ出た部分の長さを開口端補正と言いますが、笛は開管なので、開口端補正は唄口側と管尻側の両方に存在するはずです。しかし、それぞれの開口端補正の長さを測定することはできませんので、今回はその合計としての数値で考えることにしました。

笛を作っていると、筒音の音程は唄口から管尻までの距離によってだいたい決まりますが、その次に影響を与えるのは管の太さです。そこで、内径の異なる3つの材料をそろえて実験をしてみることにしました。 これらの実験のデータがそろえば、筒音の周波数が予測できるはずです。

  ○ 内径11mmアクリル管 (肉厚2.5mm)
  ○ 内径13mm塩ビ水道管 (肉厚3.0mm)
  ○ 内径16mm塩ビ水道管 (肉厚4.0mm)


写真は残骸になってしまってから撮影したので短いですが、最初は40cm以上ありました。


笛の構造を見てみると、基本的に共鳴に関係している部分は「唄口の管尻側エッジから管尻までの距離」だと思われるので、その長さを共鳴管の有効長とみなすことにしました。

共鳴管の端ですが、管尻側は開口部の形から考えて問題ないと思いますが、唄口側は横に穴が開いているわけで、どこを断端と考えるかは、議論の余地があります。

肉厚が違うのと材質が違うのがネックですが、仕方ありません。
本来は、唄口のサイズは10x12mmぐらいの方が音は良いのですが、今回の実験では、唄口のサイズは9x11mmとやや小さめのものにしました。唄口側も共鳴管の開口端ですので、3つとも同じ大きさの唄口でないと、開口端補正がきちんと比較できません。内径11mmの管に10x12mmの唄口をつけるのはかなり苦しいので、仕方なく小さめの唄口です。ただ、小さい方が唇の位置が左右にずれることによるピッチ変化が少ないので、その点はメリットかもしれません。
10x12mmの唄口ですと、13mm塩ビ水道管では、9x11mmの唄口のものより1%程度、つまり1000Hzぐらいで10Hz程度、周波数が高くなりますので、その点は注意してください。唄口サイズによる周波数の変化は、そのうちに実験を行うつもりです。

実験自体は、全長47cmぐらいの塩ビ水道管またはアクリル管に端から5cm程度のところに唄口の穴をあけ、管頭側に栓を付けます。唄口の管頭側エッジから栓までの距離は1mmです。

筒音を計測しながら、管尻から20〜25mmずつ切り落として行きました。筒音は、1倍音から4倍音を測定しています。1倍音が呂音、2倍音が甲音、3倍音と4倍音は大甲音に相当します。切り落としてしまうと再びチェック出来ないのが悩みの種です。そこで、事前に同じ実験を行って大体のデータをつかんでおき、本番テストでは、グラフや表を見ながら一つ前のデータと整合性が取れるように笛の周波数を決めました。そのため、1〜2Hzは恣意的な部分がありますが、もともと笛の音程は吹く強さや唇の角度でかなり変化してしまうので、実際には誤差範囲程度の修正しかしていないと思います。

すべて室温22℃で計測を行っています。ただし、笛を吹いていると、吐く息のせいで管の温度が上がるためか、わずかに周波数が上がってきます。計測は周波数の上昇がおさまってピッチが安定したところで行っていますので、管内の空気温は22℃よりも高いかもしれません。また、11mmアクリル管と16mm塩ビ管では熱容量がかなり違うので、そのための温度による誤差もあるかもしれません。

計測は、尺八運指チューナーを使用し、周波数の値は、音が出始めてから0.5秒後のあたりをサンプリングしています。


 実験結果

実際の数値は無味乾燥なので、見たい方はtsutsu.xlsを見てください。


 笛の長さと周波数

まず、1倍音(呂音)と2倍音(甲音)周波数をグラフにしてみました。基本的には、ほとんど双曲線に近いグラフとなります。
笛を作る材料(通常は女竹ですね)が太いほど、同じ長さでも音程が低くなることは、経験的に知られていますが、やはりそういう結果となりました。

ぱっと見ると、内径が違ってもあまり周波数は変わっていないように見えるかもしれません。しかし、周波数が1.059倍になると半音変化しますので、周波数の1〜2%の変化も結構バカには出来ません。
例えば、「唄口の管尻側エッジから管尻までの距離」が300mmという笛を考えて見ましょう。1倍音(呂音)の推定周波数は、内径11mmで533Hz(C+32%)、内径13mmで521Hz(C−7%)、内径16mmで502Hz(B+28%)となり、11mmと16mmでは約半音ぐらい違ってきます。
この微妙な差については、「開口端補正の大きさが違うから」と考えるとわかりやすいので、そちらで詳しく書きます。


3倍音・4倍音も同じようなものなので、全部まとめてグラフにしてみました。
3倍音・4倍音では、だんだん笛が短くなって行くと、途中から音が出なくなります。単に笛の吹き方の技術的な問題だけとは思えませんが、理由ははっきりしません。グラフを見ていると、内径16mmでは2000Hzを超えたあたりで、内径13mmでは2800Hzを超えたあたりで、内径11mmでは3200Hzを超えたあたりで音が出なくなります。音の高さ、つまり周波数がこの閾値と関係しているように感じられますが、内径の大きさがどう関係しているのかは、はっきりしません。
ただ、内径が違うと音質が変わってきます。管が太いとこもった感じの音になり、おそらく含まれている奇数倍音の量が多くなっていると思います。そのあたりが関係しているのではないかと、漠然と考えています。




 笛の長さと開口端補正

開管の共鳴管では、次の式が成り立ちます。
22℃での音速は約344700mm/sec ですので、以下の式から開口端補正を計算し、グラフにしてみました。

   開口端補正 = ( n / 2 ) x ( 音速 / 音の周波数 ) − 共鳴管の気柱の長さ    (は倍音の倍数)

(音速/音の周波数)は音の波長ですので、開口端補正は「定常波の胴から胴までの長さ」から「共鳴管の気柱の長さ」を引いたもの、つまり、定常波が共鳴管からはみ出ている部分の長さを表しています。残差みたいなものですので、かなり誤差が大きいです。結構きれいなグラフが書けていますが、前後関係で多少修正したところもあり、実際には±1mm程度の誤差は含んでいると考えてください。




 開口端補正の考察 その1

まず、開口端補正の大きさは、いずれの内径でも、次 の関係があります。

  1倍音 < 2倍音 < 3倍音 < 4倍音

ただし、音の波長がn倍音では1倍音の1/nになっていることを考えると、実際にはこの大小関係はごくわずかと考えられます。ですから、共鳴管の物理特性に起因するものではない可能性もあります。息の強さとか唇の角度など、音の出し難さに関連する他のファクターも考慮する必要があるかもしれません。

また、y軸(開口端補正)のスケールがそれぞれ違っているのに注意していただきたいのですが、開口端補正の大きさは、全体として次の関係があります。

  内径11mm << 内径13mm << 内径16mm

11mm管の開口端補正は23〜32mm、13mm管の開口端補正は31〜37mm、16mm管の開口端補正は43〜51mmということで、この差は非常に大きいです。下の方にあるグラフを見るとわかりやすいですが、それぞれ10mm程度ずつ違っているということなのです。

  笛の共鳴部分の長さ = ( n / 2 ) x ( 音速 / 音の周波数 ) − 開口端補正    (は倍音の倍数)

という関係がありますので、同じ音の高さ、つまり周波数が同じ場合でも、開口端補正が10mm違・ヲば、笛の共鳴部分の長さを10mm変更しなければいけないということになります。


 開口端補正の考察 その2

11mm管・13mm管・16mm管の開口端補正データを、もう一度全部まとめてグラフにしてみました。これらから、以下の点がわかると思います。

笛の共鳴部分の長さが300〜400mmのあたりでは、いずれの倍音においても、長さが短くなると開口端補正は直線的に小さくなる。

笛の共鳴部分の長さが300mmのあたりよりも短くなると、1倍音の開口端補正はほとんど不変となっているが、2〜4倍音では長さが短くなるのにつれて増加傾向を示す。しかも、その増加傾向は内径が小さいほど顕著である。

このパターンが変化するポイントは、11mm管では330mm付近、13mm管では300mm付近、16mm管では270mm付近と、内径が太くなるにつれて大きくなっているようにも見える。



ただし、「笛の共鳴部分の長さが300mmのあたりよりも短くなると、2〜4倍音では長さが短くなるのつれ増加傾向を示す」ことは、測定上の誤差かもしれません。「音が高くなってゆくと、ある程度の強さをもってしかも十分に細く息を吹き込むということができなくて音が下がってしまい、結果として開口端補正が大きく見えてしまっている」という可能性もあるからです。1倍音だけ全く変化せずに2〜4倍音だけ増加してゆくのは何となく変ですし、物理的特性以外のファクターが絡んでいるのかもしれません。
長さが300mm以上の部分も同様で、低い音は弱く吹かないと音が出しにくいために、音が低めになっているという可能性もあります。

しかし、このあたりは共鳴管の物理特性はともかくとして笛ではこのようになっているのですから、横笛を作るときには考えておかなければいけません。開口端補正が大きいということは、理論値よりも音の下がり方が大きいということです。管がある程度長い場合は良いのですが、300mm以下の短いものになってくると、内径が細い場合、2倍音の音程が下がってくるので、オクターブ比が悪くなってしまいます。かといって、内径の太いものは3〜4倍音がうまく出ないために、大甲音が出ないことになってしまいます。このあたりが難しいところで、世の中の篠笛があまり極端に内径が細いものや太いものが無いことと関係しているのかもしれません。


 オクターブ比

  開口端補正 = ( n / 2 ) x ( 音速 / 音の周波数 ) − 共鳴管の長さ    (は倍音の倍数)

この式を変形すると、

  1倍音の周波数 = ( 1 / 2 ) x 音速 / ( 共鳴管の長さ + 1倍音の開口端補正 )
  2倍音の周波数 = 音速 / ( 共鳴管の長さ + 2倍音の開口端補正 )

ですので、結局、

  オクターブ比 = 2 x ( 共鳴管の長さ + 1倍音の開口端補正 ) / ( 共鳴管の長さ + 2倍音の開口端補正 )

という式になります。ですから、

  1倍音の開口端補正 < 2倍音の開口端補正

の関係があればオクターブ比は2よりも小さくなり、共鳴管の長さが同じならば、1倍音と2倍音の開口端補正の差が大きいほどオクターブ比は悪くなるということです。

開口端補正のグラフで見るとわかるように、共鳴管の長さがある程度よりも短くなってゆくと、1倍音の開口端補正はほとんど変化しないのに、2倍音の開口端補正は大きくなってゆきます。内径が小さいほどその程度が大きいので、以下のグラフのように、共鳴管の長さが短くなってゆくと11mm管ではどんどんオクターブ比が悪くなってゆきますが、16mm管では少ししか悪くならず、13mm管はその中加減ということになります。










 近似式

<開口端補正の考察その2>で書いたように、共鳴管の長さが300〜400mmぐらいの間では、1倍音と2倍音の開口端補正はそれほど大きな差が無く、平行で直線的に変化しています。しかも、5〜8本調子ぐらいの普通の篠笛は、唄口から管尻までの距離がちょうどこの300〜400mmぐらいの範囲におさまっています。

そこで、右の図のように300〜400mmあたりの平行部分の近似直線を作成すれば、笛の長さ(正確には唄口の管尻端から管尻までの距離)を計算できるのではないかと考えました。

  K: 開口端補正
  L: 共鳴管の長さ
  V: 音速
  H: 1倍音の周波数

以上のように変数を設定し、開口端補正と共鳴管の長さの近似直線を、
  K = a L + b
とすると、

  K = ( 0.5 V / H ) − L

  H=0.5 V / ( L + ( a L + b ) )
   =0.5 V / ( ( 1 + a ) L + b )

変形すると、

  L = ( ( 0.5 V / H ) − b ) / ( 1 + a )

13mm管の例では、 右図のように y = 0.023x + 25.0 となり、V(音速)は22℃で約344700mm/sec ですので、

最終的に1倍音の周波数と共鳴管の長さの近似式は、

  11mm管:  L = ( 167168 / H ) − 13.5      <−−    K = 0.031 L + 13.9
  13mm管:  L = ( 168475 / H ) − 24.4      <−−    K = 0.023 L + 25.0
  16mm管:  L = ( 164928 / H ) − 29.5      <−−    K = 0.045 L + 30.8

となります。

なお、開口端補正と共鳴管の長さの近似直線は、平行と思われる部分(11mm管と13mm管は最初の4つ、16mm管では3番目〜6番目)をサンプルとし、Fit Equation Analizer を使い、最小2乗法によって求めました。






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